病気と私 56 人工股関節置換術2

誤字脱字等、その他本文のおかしなところは、随時修正していくつもりです。

お気づきの点などありましたら、どうかコメント欄で教えてください。

よろしくお願いします。


2005年~(38歳)

----- 仙台 -----


「手術は成功したよ、聞こえる? 名前を言ってみて、お疲れさまでした」

そんな声が聞こえてきた。


手術が成功したことよりも、起こされたことが非常に不愉快で、声を出すのが嫌だったが、なんとか聞かれたことには答えることができた。

とにかく声をかけるのをやめてもらいたかった。

早くもう一度眠りたいと思った。


麻酔が切れてくると、酷く頭が痛かった。

自分の右足が存在していることを全く感じられず、足がちゃんと付いているのかとても不安だった。


ベッドの横に妻が立っており、

「手術は成功だって、良かったね」


目を開けていたくなかったし、声も出したくなかったので、ただ頷いて返した。

何の気を遣うこともなく、終始こんな態度で居られることは、自分にとっての幸福だった。

相手が母だったとしても、こんな態度で居ることはできないだろう。


次に気が付いたのは、左肩と背中と腰の痛みからだった。

その中でも、とにかく腰が痛かった。

仰向けになったまま、ピクリとも動けず、なんとかして横に向けてもらいたかったが、どうにもできそうになかった。


どれぐらいの時間、腰の痛みと戦っていたのか分からないが、目が覚めると腰が痛い。なんとかして眠る。を繰り返していた。

痛み止めを飲むかと何度も聞かれたが、胃が悪くなるだけで、どうせ飲んでも効かないので要らないと答えていた。


翌日になり、手術をしてくれたO先生が来て、「どうだ調子は?」と聞かれた瞬間、手術した方の足を突然持ち上げて、ぐるぐると関節を動かし始めた。


あまりの痛さに、痛いという言葉も出せず唸り声が出てしまった。


「うん、大丈夫そうだな、俺が手術したんだから大丈夫に決まってるけどな」

そういって、笑いながら「どうだ調子は?」に対する私の返事も聞かずに病室から出て行ってしまった。


私は全然大丈夫ではなかった。


先生に付いてきたスタッフも、開いた口がふさがらないといった感じで、みんなが驚いていた。

おそらくは、他の患者には同じことはしないのだろう・・・

おかげで一瞬、腰の痛みがどこかに行ってしまった。


その後も腰はずっと痛かった。

何分かおきに腰の位置を左右に動かせるだけ動かしてもらい、痛みが和らいだら寝るを繰り返した。

少し横を向いてもいいと言われ、動かしてもらった時には、本当に気持ちが良かった。

やっと我慢から救われた気がした。

たぶん、ビーズクッションを背中と腰の片側に差し込み、わずかに角度を付けた程度だったろうとは思う。


止血管理は、半減期の8時間おきにコージネイトFSを使い、第Ⅷ因子活性は100%以下にはならない状態で続けられた。

第Ⅷ因子の活性は正常な人以上の状態にはなっていたが、出血量は多く、ドレンはしばらくの間抜けなかった。


ふと思ったのだが、私の血が止まりにくいのは、本当に第Ⅷ因子が足りないだけなのだろうかと。


自己血を輸血し、様子を見たが、それでも出血が続いていたため、追加で一般の保存血の輸血も行った。

はっきりとは覚えていないが、たぶん一般血の輸血は一度だけだったと思う。

インヒビターの発生はみられず、製剤は順調に止血を続けてくれた。


私の股関節は、手術が終わった後、右足全体の感覚が全くなかったので、部分的な麻酔が使われていたのだと思うが、麻酔が切れて感覚が戻ってきても、我慢できないような痛みは感じなかった。


しばらくして傷口を鏡で見せられたのだが、縫い合わされている部分の長さがとても長いように思えた。

後に、福井病院のT先生に診てもらった時に、女性などの場合術後の傷口を気にする人が多いため、できるだけ傷口を小さくするのだが、手術自体はしっかりと開けて行った方が、確実に施術できるため、本当はその方がいいと言っていた。


見たままを思うなら、あんなに大きく切開して、大腿骨を切り落とし、巨大な人工骨頭を付けたのだから、麻酔が切れたら痛みでのたうちまわるぐらいが当たり前だと思ったが、我慢できないほどの痛みは本当に感じなかったのだ。


結局、一度も頓服の痛み止めは使わないままに状態が安定してしまった。

思うに、これまでの股関節の痛みが、尋常でなかったのではと思った。

寝ても座っても痛い。動かしてもじっとしていても痛い。

私は普段、大量に水やお茶を飲んでいたのだが、トイレに行くのがあまりにも辛くて、水を飲まないようになっていたぐらいだ。


術後の回復は「俺が手術したんだから大丈夫に決まってるけどな」と自信たっぷりにO先生が言った通り、とても順調だった。

トイレに行けるようになっても、リハビリがスタートしても、内出血が起こることはなかったし、股関節の痛みもほとんどなかった。


完全に第Ⅷ因子が活性している状態が長期間続いたため、他の関節の状態も良くなってきていたようだった。


子どもの頃、とてもやりたかった温水浴のリハビリもやらせてもらった。

実際にやってみると、それほど面白いものではなかったが、小さかった頃にやりたいと思っていたことが実現した気がしてとても満足だった。


内出血の心配をするなら、温水浴は避けるべきではあったが、左肩がほぼ使えない状態だったので、杖の使用や、何かにつかまりながら歩くこともできなかったため、他に歩行訓練のやりようもなかった。


主治医のS先生がリハビリの時間に合わせて、製剤の投入時間と量を調整してくれたので、温水プールでの歩行トレーニングでも出血するようなことはなく問題なく進めることができた。

S先生は、日に2度は必ず顔を見に来てくれていたので、自分の体の状態を知ることも、何かをお願いすることも、とてもスムーズだった。


ただ、土日関係なく先生は来ていたので、何年経っても先生の仕事は変わらないのだなと、感謝と同時に申し訳ないなと思っていた。


長期間歩行していなかったので、股関節だけがよくなっても、足は歩くことをスムーズに行わなかった。


水から出てしまうと、片足で立っていることだけで精いっぱいだったし、右足に加重することもかなり不安だった。


その後、順調にリハビリも進み、ほぼ予定通りの期間で退院となった。



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#血友病 #血友病性関節症 #人工股関節置換術 #止血管理

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