誤字脱字等、その他本文のおかしなところは、随時修正していくつもりです。
お気づきの点などありましたら、どうかコメント欄で教えてください。
よろしくお願いします。
2000年~2004年(33歳~37歳)
----- 仙台 -----
血液製剤を使用していた血友病患者のほぼ100%がC型肝炎に感染していた。
HIV同様に、C型肝炎を完治できる治療法は長い間存在しておらず、1992年にインターフェロンが発表されてはいたが、酷い副作用と、成功率の低さから、肝機能がよほど悪い状態になっていなければ使用する人はいなかった。
2000年頃になると、血液検査の状態が、GOT/GPTが300近くまで上がってしまい、主治医からインターフェロンの使用を勧められる。
記憶が定かではないのだが、従来より効果があるとされたリバビリンを併用した治療を治験で行ったと思う。
効果があると判断されてから2ヵ月間ぐらいの期間しか使用できないと言われた記憶がある。
今から考えれば、治験薬が出るたびに、よくも実験体として貢献してきたものだと思う。
そのおかげで、命拾いもしたわけではあるが。
インターフェロンでの治療は、スタートから数日で肝炎ウィルスがどんどん減っていって、1週間たたないうちに、検査ではC型肝炎ウィルスは検知できない状態となった。
またGOT/GPTの数値も順調に下がり始め良好なスタートとなった。
しかし、後輩が数か月前に同じ治療をした際に、副作用に耐えられず2週間程度で治療を中止したところ、一時はなくなっていた肝炎ウィルスが、治療を中止した直後から一気に増えて元にもどってしまい、完治できなかったと言っていたので、安心はできなかった。
職場には病休の届を出し、入院して治療を始めたが、後輩の言った通り副作用は確かに酷いものだった。
注射をして1時間もすると38℃前後まで熱が上がり、それに合わせて早めにボルタレンを服用する。
私は胃も悪かったので、ボルタレンを服用すると胃が痛くなり、胸やけもひどくなって大変だった。
何日か過ぎて、発熱自体も肝炎ウィルスにはダメージを与えるのではないかと思い始め、胃の痛みもあったので、ボルタレンの服用を途中でやめて、発熱は自然に治まるのを待つようした。
仕事がそれ以上休めなかったため、6週間で治療を終えたのだが、後輩同様に、インターフェロンの投入をやめてしまうと、すぐにC型肝炎ウィルスは爆発的に増えてしまい、数日で治療前と同様、もしくはそれよりも悪化したぐらいの数値になってしまった。
しかし、主治医の話では、1ヵ月以上ウィルスを抑えたおかげで、その間に肝臓がだいぶ機能を回復したらしく、「治療は成功とは言えなかったが、これでまた少し長生きできるようになったな」と言っていた。
この治療が終わった後、肝臓治療薬のノイファーゲンの定期使用を始める。
本来、この薬は自己注射の認可はされていなかったが、どうせ血液製剤の自己注射をやっているのだから、手間としては同時に使っても同じだということで、製剤と一緒に処方してもらい、自宅で使わせてもらっていた。
その後、肝機能は少しずつ悪くなり続け、GOT/GPTの数値が再び300を超えるようになり、新しいインターフェロンが長期間使用できるようになったので、今度こそ完治を目指してがんばろうということになった。(※ペグ-インターフェロン+リバビリン療法)
使用期間は、最低でも半年は続けてみようということだった。
あの酷い薬を半年も使い続けられるのか、さすがに自分でも不安があったが、命に代えられるようなことではない。このままでは、慢性肝炎から肝硬変を起こし、いずれ癌化して死に至る。
主治医にはそう言われていたので、むしろ長期間薬が使用できるようになったことを感謝しなければならなかった。
2週間ほど入院して、検査しながら投与を開始し、その後自宅にて自分で皮下注射を行い治療を進めることになった。(2004年)
検査結果は前回と同様に、インターフェロンの使用開始直後から、ウィルスの活性はあっという間に下がって、検査では検知できない状態になった。
インターフェロンは、在宅での使用が許可されていた薬ではなかったが、半年もの間、仕事に通いながら通院を続けることは現実的ではなかったし、職場には看護師もおり、場合によっては処置してもらうことも可能だったため、ノイファーゲン同様に処方してもらい、治療を続けることになった。
当初は、解熱するために処方されていたボルタレンを使用しないでいたのだが、1ヵ月も過ぎると、発熱による全身の倦怠感と睡眠不足により、このままでは仕事は続けられないと思い、やむなくボルタレンによる解熱も開始した。
使用開始から3ヵ月が経過したころから、自分では気づかないうちに鬱になっていたようで、やたらと家族を怒鳴ったり、何か自分は誰かから不当な扱いを受けていると思うようになった。
車いすで移動ができなかった場所に苦情の手紙を書いたり、経営者に直接苦情を言いに行ったりするようになっていた。
ある時、ふと「何が、俺はおかしいのではないか」と思い、自分で心理テストのチェックを行ったのだが、どうやら攻撃性の鬱になっているようだったので、確認するために知り合いのセラピストに心理テストを取ってもらった。
そこで、間違いなく自分が鬱の状態にあることに気づき、今まで自分がイライラしていたことの原因が、インターフェロンによる発熱と睡眠不足の長期繰り返しがストレスになって起こっていたことだと理解した。
分かりやすく言えば、被害妄想が出ていたのだ。
何か強烈な原因があって、急激におかしくなったなら、すぐに自分でも気づくことができただろうが、少しずつ少しずつおかしくなってくるというのは、自分では気づけないものなのだと改めて思った。
私自身は、発熱ぐらいは気力で耐え抜けると思っていたし、睡眠不足も今に始まったことではなかったため、精神状態に及ぼす影響を甘く見ていたのだ。
朝6時になれば目覚ましで起きる。支度をして仕事に行き、帰ってきたらご飯を食べて寝ていればなんとかなると思っていた。
しかし、実際に起こっていた症状は、発熱には寒気が伴うし、全身の変形した関節は発熱により関節痛を起こし、酷かったのは発熱開始と同時にやってくる背中から腰にかけての鈍痛だった。
ほぼ風邪の症状と同じであったが、
もし風邪が、一生治らない病気であったならば、その病気と共に生き抜ける人間がどれだけいるだろうかと思った。
家族にも周囲の人にも、とんでもない迷惑をかけてしまっていた。
ようやく半年が過ぎて、終了を迎えるとき、数日間の検査入院を行った。
インターフェロンとリバビリンの投与をやめてからの検査では、C型肝炎ウィルスは、検知されないままだった。
ついに自分は、C型肝炎ウィルスに勝ったと思った。
私以上に主治医が喜んでくれた。
「よく頑張ったな、この検査の数値だと、まるで小学生のような元気な肝臓だ。また少し長生きできるようになったな」
あの治療から15年が経過した今でもGOT/GPTの数値は、常に30以下を保っている。
検査の数値を見る度に、「小学生のような肝臓だ」と言って喜んでくれた時の先生の笑顔を思い出す。
#血友病 #C型肝炎 #B型肝炎 #インターフェロン #発熱 #鬱
0コメント