病気と私 30 親友

誤字脱字等、その他本文のおかしなところは、随時修正していくつもりです。

お気づきの点などありましたら、どうかコメント欄で教えてください。

よろしくお願いします。


1983年~

----- 高校2年生 -----

校内の学力試験の成績が30位以内に入ることが多くあり、両親とも相談して進学コースに進むことにした。私がよくできたわけではないことは、先のブログに書いた通りである。

1学期は、普通に過ごし、とても仲の良い友人(K)もできた。普通に仲良く会話できる女子も一人いた。

それが、何の理由かは分からないが、2学期になるとクラスの雰囲気が変わり、私は一部のクラスメートから避けられるようになった。そしてその一部の生徒の中には、仲良くなった女子も含まれていた。


Kとの付き合い

1年生の3学期の期末試験が終わった後(だったと思う)、帰りのバスの時間まで時間が空いてしまったので一人で将棋崩しをやって遊んでいた。そこに俺にもやらせろと言って、急に向かいの席に座り、椅子を反対に向けて二人で将棋崩しをやり始めた。

その後、将棋を指そうと言い始めて、私が相手をする形で始まった。

Kは、クラスメートではなかったし、何組の生徒かも分からなかった。

もちろん、この時まで話もしたことはなかったと思う。


将棋を指し始めると、クラスメート数人と、他のクラス生徒までが数名集まってきて、将棋盤を使いまわして楽しんだ。

私は、将棋は病院で入院中に散々大人の人とも指していたので、ほどほどにはやれていた。特別強い人も弱い人もいなくて、勝ったり負けたりで結構楽しめたのだ。


2年生のクラス変えで、同じクラスになり、席が前後だったことから「お前か!」みたいな感じで、話をするようになっていった。

Kはブラスバンド部に所属していて、中島みゆきの大ファンだったり、私がフォークギターを少し弾けたことなどで、一緒にギターを弾いたりと、すぐに色んなことが話せる友人になっていった。

科学部の合宿にも毎回来ていて、差し入れを持ってきたり食事の用意をしたりといろんなことをやっていた。


夏休みには、Kの家に遊びに行ったり、私の家に遊びに来たりと、距離的には結構離れていたが、家族ぐるみでも付き合うようになった。

お互いに交通の便は悪い所にあったので、簡単に行き来することはできなかったが、2年間の間には、何度もお互いの家に泊まったりもして、卒業するころには、親友だと恥ずかしげもなく言えるような相手になっていた。


少し面白いエピソードがあるので書いて置く。

私の父とKの父は、高校生の時、同じクラスで、席も前後になったことがあったと言うのだ。

「自分たちと全く同じではないか」

まぁ名字がそうなのだから、ありえないことではないのだが、

Kの父親からその話を聞いた時には、とても驚いたし、当時の父の様子を聞いて、あぁ、間違いなく私の父だと思うようなこともあって、それからというもの、家族の人たちともすごく仲がよくなってしまい、高校を卒業した後もずいぶん遊びに行ったりした。


仲良くなれそうだった女子は、「血友病ってどういう病気なの?」と聞かれたので、病状のことと遺伝の話をし、自分は子どもは作らないつもりだと話した。

この話をしたあと、彼女は、子どもが嫌いで、子どもは要らないと言っていたことが、私にとっては都合がよかったのだ。

それと、格闘技をやっていた子で、自分は嫁のもらい手がないといつも言われているというので、それなら自分がもらってやると言うと、じゃお前責任取れよ(口が悪い事も案外気に入っていた)等々、冗談ではあったが、そういう会話が普通にできていたことが、心地よかったのだ。


夏休みには、彼女も友達と一緒に私の家まで来るぐらいだったので、それなりに気に入ってもらえていたとは思っていたのだが、ともかく、2学期が始まって早々に理由が分からないまま避けられるようになってしまったということが、悩みの種になってしまっていた。


特に露骨に私を避けていたのが、彼女の親友で、睨まれることが度々あったので、自分がなにか悪いことをしたのではないかと、その原因ばかりを毎日考えていた。

それでも、秋の修学旅行では、目いっぱい勇気を振り絞って自由時間を一緒に過ごしてくれないかと言うと、「いいよ」と何事もなかったかのような返事が返ってきて、もしかしたら、1学期の頃のように普通に付き合えるようになるのでは思えた。


この日、京都の町を二人きりで歩き、自然に楽しく話をしながら自由時間のぎりぎりまで一緒に過ごした。


修学旅行が終わって高校生活が始まると、また露骨に自分を避ける状態に戻ってしまった。

本当に訳が分からなかった。


夏休みの間に何かがあったのか、それとも自分がなにか誤解を招くようなことをしたのか(相手を傷付けるような)、ともかく理由が全く分からなかったが、どれほど考えても自分には疚(やま)しいことはことは何一つなかった。


このままではダメだと思い、何度も何度も電話を手に取り、彼女に理由を聞こうと思ったし、彼女が一人になったらその時に直接聞こうとずっとそのタイミング待っていたが、卒業するまで、結局私には何もすることができなかった。


誤解なら解かなければならないという思いと、疚しいことは何一つしてないという思いが交錯し、どんな誤解をしていようとも、自分と関わり合いたくないというのが、今の彼女の現実なのだから、もう構うのはやめようという結論を出した。


私を避けていたのが、クラス全員ではなかったし、部活では後輩が慕ってくれていたので、自分が悪人だと思われるような何かが他人には見えているのかという疑問もなくなって、これ以上訳のわからないことに悩まされるのは無意味だと思ったのだ。


卒業式が終わり、家に帰ってすぐに、彼女に電話をかけ、何だったのかと聞いた。

彼女は「ごめん」と言って泣き出してしまい、結局理由を話すことはなかった。



#血友病#血液製剤#遺伝#誤解

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