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よろしくお願いします。
----- 1982年6月 -----
主治医(S先生)も、目の方は、落ち着いたら眼科で見てもらおうと言っていたのでそう深刻には考えていなかった。
歩けるようになり、東北医大でCT撮影と眼の検査を受けた。
CTでは特に異常は見つけられなかったが、光に全く反応がないので、視神経に何らかの異常、例えば内出血による圧迫など、視神経がダメージを受けたことが原因だろう。視神経は一度損傷すると回復はしないため、視力を失う前に神経の圧迫が防げたならなんとかなった可能性もあるが、完全に光すら認識できないとなると、これから視力が戻ってくることはないだろうと診断された。
S先生も母も、私以上にがっかりしていた。
その後、S先生からの勧めで、開業医でいい眼科の先生がいるからもう一度診てもらってはどうかと言われて、紹介状を書いてもらい受診しに行った。
「おそらくは、先に診ていただいだ先生の診断通りだと思いますが、念のためにもう一度CTを撮ってきてください」と言われて、CT撮影の依頼文書をもらって帰り、もう一度、診察をしてもらうことになった。
診察が終わって西多賀病院に戻るとき、眩しくて目が開けられなかった。
高校生にもなって母に手を引かれないと歩けないというのも、なんだか情けないような気もしたが、片方しか見えない目が、開けていられないのでは歩きようがなかった。
数日後に指定された病院でCTを撮ってもらい、また診察を受けた。
そして、CT画像を前に、医師から説明を受けた。
「ここの視神経が通っている部分の骨が陥没しています。視神経を圧迫するように骨折しているのでそれによって目が見えなくなったのだと思います。そして、一度ダメになった視神経は、骨折した部分の骨を取り除き圧迫の状態を改善しても回復することはまずありません。リスク以上の効果は期待できないので手術は諦めたほうがいいです。頭蓋骨は、外側はとても強くできているので、打った場所が骨折しなくとも、中の弱い部分が骨折することがあります」
私は、期待していなかったので、やっぱりそうかと思うだけだった。
そして二度目のこの診察は、絶望的に母をがっかりさせただけだったが、母は、「生きていただけで十分だ」と言っていた。
退院してから家に戻り、家族にこのことを伝えると、父が「もったいないことをしたな」と言っただけだった。その通りだと思った。
よりにもよって兄からもらった自転車でこんなことになってしまって、兄がどれほどあの自転車を沖縄から送ってもらったことを後悔するかと思った時、申し訳なくて言葉もなかった。
あの時、「帰れ」と言われたのに。
私は、この事故で、左目の光と同時に、両親からの信頼も、兄からの信頼も、そして、あれほど楽しかった自転車という大切な遊び道具も、全て失ってしまった。
しかし、自分で考え自分で行動し、家から高校まで自転車で走ったことは、後悔していなかった。
私が後悔したのは、ブレーキに手をかけずに自転車に乗っていたこと。普段通っていなかった道を通ろうと選択したこと、自転車の乗り方をきちんと理解していたなら、あの瞬間自転車を横に倒せば擦り傷程度で済んだのではないかということ。両手をハンドルからはなして顔面を守れば、、「もし、こうしていれば・・・もし、こうしていれば・・・」
何度も何度も頭の中でリフレインされ、二度とこんな取り返しのつかない失敗はしたくないと、繰り返し思った。
あんなに考えて慎重に慎重を重ねてやったことだったのに、それでも失敗してしまった。
「お前の考えは浅はかだ」と言われ
「もう子供じゃないんだから、ちゃんと考えて行動できる人間だ」と言い返し、
「だからお前は分からないんだ」と言われ、
「なんで分かってくれないのだ」と思い・・・・
私は、高校生になったのに、こんなにいろんなことを考えて行動しているのに、周りの人が言う通り、「何も分かっていない」人間だったということを、結果をもって知る以外に知る術を持たない人間だったのだ。
両目が見えなくならなくて良かったとも思った。
この自転車事故の後、片頭痛がとても酷くなった。
最初は、視神経が通っているトンネルの部分が陥没するような衝撃があったなら、他のどこか別の部分も壊れてしまってもおかしくないと考えていた。骨ではない部分も含めて。
CTは2度も撮影して特に異常はないと言われていたが、最初のCTでは視神経を通っている部分の骨折が分からなかったこともあり、そうあてになるものでもないのだろうという思いもあった。
今でも片頭痛は酷く数年ごとにCT撮影をしているのだが、片方の目だけで生活していることにより、目の疲れが原因なのではないかと思うようになった。
見えない方の目も疲れるのだから困ったものだ。
ふとアメリカで会ったおかしな人のことを思い出した。
(おかしな人という言いかたは失礼かも知れないが、本人もそう言っていた)
麻痺で両足が全く動かなくなり、感覚もまったなく、何をするにも邪魔だったから切ってもらったという人がいた。
いくら現状では回復の可能性がないと言われたとはいえ、未来にはどうなるかも分からないのに、そんな無茶をする人がいるということに驚いた。そして、いくら本人の望みとはいえ、そんな手術を行う医師が居るということにも驚いた。
人の数だけ人生があり、誰しもが自分の人生を自分で決めていく。
誰もその人の行動を責められないし、責任も本人以外取りようがない。
自分の体がどんなことになったって、幸せになりたくない人なんていないのだ。
#血友病#血液製剤#東北大学病院#西多賀病院#失明
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