誤字脱字等、その他本文のおかしなところは、随時修正していくつもりです。
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よろしくお願いします。
1979年頃(中学1年)
教室は、女子の病室だった。
ベッドごと移動するほどの重症ではなかったため、車椅子で女子の病室(教室)まで行って、ベッドを借りて授業を受けることになった。
どこを使えと言われたわけではなかったので、勝手に窓際のベッドを選んで使わせてもらうことにした。
視力は良かったので、入り口の黒板付近を選ぶ理由もなく、勉強が嫌いだったので、先生からは離れていたほうが都合が良かった。
一番の理由は外を眺めているのが好きだったからだ。
理解できないことを理解できるようになろうという気持ちは全く無く、分からない授業のときは何も聞いていなかった。
そんな時に、外の景色は退屈な私に何かしらの楽しみを与えてくれていた。窓際の席はずっと好きだったのだ。
小学校6年生までは、字もすごく汚くて、自分で書いた文字を読み返しても、何を書いているのか分からないような状態だった。読めないノートを残しても何の意味もなかったし、実際、読み返したことなど一度もなかった。
ただ、小学4年生ぐらいの時から文通が流行っており、返事がほしいという理由だけで手紙はたくさん書いていた。
もらった方は、あんな汚い字の手紙によく返事を書いてくれていたなと今なら思う。
時系列がおかしくなるが、小5の時、6年の女の子に告白し「ごめんなさい」を頂いたことがあった。ごめんなさいをしながらも、彼女は退院後も私に手紙を書き続けてくれて、ある時、手編みのマフラーまで送ってくれたことがある。この時も、父親にすごく冷やかされたが、この時はあまり嫌ではなかった。
その後、彼女の友達だという人から手紙をもらい、彼女からは手紙が来なくなった。私は、誰だかわからない人からの手紙に、一度は返事を書いたが、字が可愛くなかったので、それっきりその人には手紙を書かなくなった。
今からが考えれば、他に好きな人が居ると言っていた人と手紙のやり取りを続け、マフラーをもらって喜んでいたというのもなんだか間抜けな話だが。
(私が告白した相手は、名前が有名な声優さんと同姓同名だったために、エンディングで名前を見る度に、もしかして・・・と思っていて、その名前を目にするたびに彼女のことを思い出している。インターネットでその声優さんを調べたときに年齢が合わない・・・とは思ったのだが、ネット上のことだし、年齢はあてにならないな・・・と思ったりもしている。
そしてどう書いても格好のつかない「弓」という文字が、宛名書きをする時に、いつもとても悩ましかったのを思い出す)
他人の字にとやかく言えるような字を書いていなかったこともあり、とにかく読める字を書こうと思った。
文字を書くスピードは落ちたが、どうにか四角に収まるような字を書くようになった。読めるというだけで、綺麗でも格好が良いわけでもなかったが、とにかく読めないことにはどうしようもなかったので、四角に収まるように集中して字を書くようになった。
話を戻す、
授業では、毎日同じベッドを使っていたのだが一ヶ月も過ぎた頃だろうか、簡易テーブルの縁(へり)に小さく畳まれた紙が挟まっていた。
なにかと思って開いてみたら、私への手紙だった。
「昨日、食堂のオーディオでレコードの録音をしていたみたいだけど、誰のレコードだったの?」
相手は、中学になってから側弯症で入院してきたばかりの同級生だった。
私はその手紙を受け取ることもせずに、紙の裏に「アリス」とだけ書いて、帰りに同じ場所に挟めておいてきた。
授業がある時は、毎日手紙が挟まっているようになり、球技大会は何に出るのかとか、勉強では何が好きかとか、アリスで好きな曲はなんだとか、片言の手紙のやりとりがずっと続いていたが、私から何かを質問することはなかったし、メモは返事を裏に書いて置いてきていたので、私の手元には何も残っていなかった。
毎日ベッドの上だけで飽き飽きしていたので、20時の消灯後に、洗面所にお湯を飲みにいくというくだらないことを始めるようになった。
この洗面所にはいつもゴキブリがいて、毎日今日はどこにいるのか探すのも楽しかったし、みんなが寝たあとで、一人で明るい場所で過ごす数分が、なんだか貴重な時間のようにも思えていたのだ。
ゴキブリな嫌いな人は読まないほうがいいような文章をこれから書くので、ちょっと覚悟してもらいたいのだが、季節関係なく病室でゴキブリが飛び回ると事件が時々あって、どこから来るのか調べたことがあった。この頃からゴキブリが飛び回るのには慣れていたので、丸めた新聞で叩き落すということは、特に何と思わずにやれるようになってしまった。
病棟内のトイレやリネン室など、鍵のかかっていないところは全部調べた。
そして、洗面所にある給湯用のお湯タンクの土台の隙間(コンクリートの割れ目)に黒いものが挟まっているのを見つけてたのだ。
確信はしたが、とりあえず突っついてみた。はやりゴキブリだった。
洗面所には、ゴミを外に落っことすゴミの排出口もつけられており、色々とゴキブリが住むのには都合がよかったのだろう。
そこで、コマーシャルでよく見るゴキブリキスカを母に頼んで買ってきてもらい、何人かの友達と一緒に、ゴキブリ退治をしよういう計画を立てた。
(その中にゴキブリを素手で掴むやつがいて、こいつには勝てないと思ったことがあった)
消灯したあと、看護師がナースルームに入ったことを確認し合って、まさにゴキブリのようにコソコソと洗面所に侵入した。
スプレーすれば、ゴキブリが出てくることは分かっていたので、何か所かのポイントを確認して、逃げる準備をしつつ、コンクリートの隙間にシューシューやり始めた。
思ったとおりにゴキブリは出てきたのだが・・・・・
これはもう、友達全員が青くなるほどの大量のゴキブリが、そこら中の隙間から出てきたのだ。もう、ポイント全部をシューシューすることは不可能となったので、途中で撤退する以外になく、慌てて洗面所のドアをしめて病室に戻った。
ゴキブリにドアなど全く意味がなく、ドアの下から廊下にどんどん溢れ出して大変なことになってしまった。
当時の殺虫剤は、今のゴキジェットみたいな即効性はなかったので、下手をすれば次の日の朝になっても生きているやつがいる程度の効果しかなかった。
翌朝、怒られることは決定していたが、もはや考えても仕方がないので、もう何事もなかったことにして、みんなでそのまま寝ることにした。
目を閉じた時の、ゴキブリが廊下を歩く音を今も覚えている・・・・
いつもなら、間違いなく怒られるはずなのだが、なぜかこの件については、誰からも何も言われることはなかった。
まさかゴキブリがもとの隙間に戻ったとも思えないが、真相は不明なままだ。
話がとんでしまった。
恋の話をするつもりが、ゴキブリの話になってしまった。
長くなりすぎたので、恋の話はまた次回にすることにする・・・・
#血友病#血液製剤#ベッドスクール#西多賀養護学校#西多賀病院#ゴキブリ
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